関西学院大学 研究活動情報

Kwansei Gakuin University Research Activities

市田優・理学部助教の研究チームが数理モデルの活用により、ペースト状人工骨の材料特性に応じた硬化メカニズムを解明しました

2025.07.02

論文 Article

共同研究 Collaborative Research

概要
市田優(いちだゆう)・理学部数理科学科助教(兼任で同大学数理・データ科学教育研究センター研究員,明治大学先端数理科学インスティテュート現象数理部門研究員)、明治大学の相澤守・理工学部応用化学科(明治大学生命機能マテリアル国際インスティテュート)教授、明治大学の矢崎成俊・理工学部数学科教授、明治大学の坂元孝志・理工学部数学科准教授、明治大学大学院理工学研究科応用化学専攻修了生の山田莉花さん、加藤史織さん、鎌谷ゆきさん、明治大学の小菅美南さん・大学院理工学研究科応用化学専攻博士前期課程2年らの研究グループはペースト状人工骨の材料特性に応じた硬化現象を1行の方程式で表現し、これまでバイオマテリアル分野で明かされていなかったペーストの硬化現象のメカニズムの一端を数学的視点の導入によって解明することに成功しました。
これから先の超高齢化社会の突入に伴って、さらなる増加が危惧されている骨粗しょう症などの骨疾患に対して、医療現場では負担の軽い治療法としてペースト状人工骨の開発と実用化が急がれています。バイオマテリアル分野ではこれまで実験的にその材料特性の評価がなされてきました。本研究成果は数学とバイオマテリアルが融合し、ペースト状人工骨を患者に見立てた円筒形模型に注入した後、どのように硬化が進み、加える材料の有無によってどのような変化が起こるのかを1行の数式で(定性的に)表現することに成功しました。本研究成果を展開させることにより、より多くの機能を持たせ、より安全なペースト状人工骨の開発への効率化や新たな発見につながることが期待されます。
本成果は202571日にSpringer Nature社の発行する国際学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
論文タイトル:A simple mathematical model for evaluation of non-fragmentation property of injectable calcium-phosphate cement

本成果のポイント
・ペーストの硬化という複雑な現象の本質を抽出した解析可能な数理モデルを構築することに成功しました。
・数理モデルを活用することでペースト状人工骨における硬化現象のメカニズムの可視化に成功しました。
・実験的に明らかになっていたIP6を付加するとなぜ硬化したときに空隙や亀裂のできないかを説明する根拠を数学の視点で提供することに成功しました。

研究の背景
 リン酸カルシウムセメント(CPC)ペーストは骨補填材に使用されており、患者の低侵襲治療を実現する人工骨として期待されています。患部に注入可能なCPCペーストについて、最終的に求められる材料特性(例えば,硬化時間・強度など)をどのようにして持たせ、そしてどれだけ有するのか評価することが重要な課題とされています。ここでは、求められる性能の1つであるNon-fragmentation(非断片化)性に着目しています。先行研究 [K. Nagata, K. Fujioka, T. Konishi, M. Honda, M. Nagaya, H. Nagashima, and M. Aizawa., J. Ceram. Soc. Jpn., 125, 1-6 (2017).] に則って、a) 固まった後にCPCが塊とならないこと、b) 固まっている最中にCPCに亀裂や空隙が発生すること、をfragmentation(断片化)と本研究では定義し、この対のことをNon-fragmentationと呼んでいます。この先行研究では、イノシトールリン酸(以下,IP6)をキレート剤として用いた新たなCPCペーストの開発とNon-fragmentation能を非破壊的に評価する方法を確立しており、IP6を充分に含むペーストはNon-fragmentationを示し、逆にそれを含まないwaterタイプはfragmentationを示すことが報告されています。この結果から、なぜIP6を充分に含む方にのみNon-fragmentationを有するのかという疑問が生じます。この疑問に答えるには硬化の過程でIP6を含めたことで何が起こっているのかを明らかにしなければいけませんが、現状実験的に明らかにするのは難しい状況です。そこで、論理の保証や仮説の提供、実験を効率化に導くべく、数学の視点・数学の言葉によってこれら一連の過程を数式により記述することによって、この問題の解決を与えることが本研究の目標となります。

今回の研究成果
 数理モデルがもたらす普遍性、論理の保証、仮説の提供を活かし、その構築と解析を通して、材料に依存するペーストの硬化挙動を解き明かしています。先行研究 [K. Nagata, K. Fujioka, T. Konishi, M. Honda, M. Nagaya, H. Nagashima, and M. Aizawa., J. Ceram. Soc. Jpn., 125, 1-6 (2017).] のin vitro実験のすべてを数式として表現することは困難で、本研究では数理モデル構築の根拠となる新たな実験を行いました。複雑かつ多くの過程であるペースト状人工骨の硬化現象に及ぼす材料特性の影響のメカニズムを解明するために、新たな実験結果を上手に組み込むことにより、IP6濃度を重要な因子とする単純なAllen-Cahn(アレン・カーン)型方程式を用いて1行の方程式を構築しました。その数値シミュレーション結果は、IP6が存在しない場合にはfragmentation性を示し、IP6が充分に存在する場合にはnon-fragmentation性を示しており、実験的に観察することが難しいペーストの硬化挙動の可視化を与え、バイオマテリアル分野の疑問である「IP6がなぜnon-fragmentation性に関与しているのか?」に答える論理や仮説を提供することに成功しています。
 本論文では、IP6が充分な場合に、IP6によりペーストの流動性が強くなること、そして硬化時間の充分な確保により、初期の注入でどうしても発生してしまうペーストの粗密が均一になることでnon-fragmentation性を示すというメカニズムを明らかにしています。バイオマテリアル分野の問題に数学的視点を導入し、数理モデル構築のための実験,数理モデル、その数値シミュレーションを組み合わせることによって、ペースト状人工骨の材料特性に関する基礎研究にブレークスルーを与え、新規材料創製の指針になると考えています。

今後の展望
 本論文では、ペーストを患者に見立てた円筒形の模型を対象としていますが、実際の骨形状での議論展開や、non-fragmentation性以外の特性も考慮することのできる数理モデルの構築とその解析を目指し、定量的議論可能でペースト状人工骨の実用化と、QOL向上に数学から貢献していきたいです。

論文情報
掲載ジャーナル:『Scientific Reports
論文タイトル:A simple mathematical model for evaluation of non-fragmentation property of injectable calcium-phosphate cement
著者:Yu ICHIDA(筆頭著者,責任著者1), Rika YAMADA, Shiori KATO, Yuki KAMAYA, Minami KOSUGE, Mamoru AIZAWA(責任著者2), Takashi Okuda SAKAMOTO, Shigetoshi YAZAKI
DOI:10.1038/s41598-025-06039-0

特記事項
本研究は日本学術振興会、科学研究費助成事業(科研費)課題番号21J2003522KJ284421H04593、明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)共同利用・共同研究拠点「現象数理学研究拠点」ライフサイエンス・数理科学融合研究支援プログラム、明治大学生命機能マテリアル国際インスティテュートの支援を受けて実施されました。
 
ペースト状人工骨のサンプル ペースト状人工骨のサンプル
ペースト状人工骨のサンプル
数値シミュレーション結果の1つ(論文掲載の表より) 数値シミュレーション結果の1つ(論文掲載の表より)
数値シミュレーション結果の1つ(論文掲載の表より)
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