関西学院大学 研究活動情報

Kwansei Gakuin University Research Activities

長田典子教授、八木康夫教授、井村誠孝教授、杉本匡史特任准教授による一人ひとりにあわせた快適空間の創出についての共同研究

2023.04.01

個人研究 Individual Research

 2006年に成立した観光立国推進基本法において、観光は21世紀における日本の重要な政策の柱として位置づけられました(観光庁, 2010)。そこでは「国際競争力の高い魅力ある観光地の形成」や「地域の特性を活かした施策の策定・実施」が国や地方公共団体の責務として挙げられています。地域の特性を活かした魅力的な観光地形成の促進のためには、その地域固有の観光資源が訪問者にどのような価値を提供しているのかを可視化することが必要となります。本研究では、観光地が提供する価値の一つ(津谷, 2011)として、感性価値(経済産業省, 2007)に注目し、様々な地域が提供している独自の感性価値を明らかにすることを目的としました。具体的には、性質の異なる2つの地域を対象に、その地域が提供する感性価値の違いを明らかにすることを目的として、インタビュー調査を行いました。
 本研究には建築学部・建築学研究科に所属する大学生・大学院生13名と、不動産会社に勤務する社会人1名の合計14名が参加しました。研究対象の地域としては、兵庫県神戸市三宮エリアと兵庫県朝来市を選定しました。選定理由は(1)参加者がこれらの地域を訪問したことがあり、その地域でどのような感性価値が提供されるかを実体験に基づいて理解している、(2)地域の性質(都市・郊外)が対照的であり、提供される感性価値が大きく異なると考えられる、の2点です。
 参加者は評価グリッド法に基づくインタビュー調査に回答しました。評価グリッド法は半構造化インタビュー手法の一つであり、人間の階層的な評価構造を仮定し、評価構造の要素に対してオープンクエスチョンを繰り返すことで、評価構造全体の可視化を可能にする手法です。
 具体的には、まず参加者は「三宮の魅力的なところを教えてください」という質問に対し、思いつくだけの回答を行いました。次に参加者に対して、それらの点のどのようなところが魅力につながっているのかについて理由を掘り下げる質問(ラダーダウン質問)を行いました。また同様に、それらの点がなぜ魅力的なのかという質問を行い、これらの点がもたらす価値を抽出しました(ラダーアップ質問)。同様の手順を三宮の魅力的なところ、三宮の魅力的でないところ、朝来の魅力的なところ、朝来の魅力的でないところ、の4点に対して行いました。調査時間は約90分でした。
 インタビュー調査の結果、三宮の魅力的なところとして、再訪意欲の上昇、楽しい、ワクワクといった価値が抽出されました。これらの価値はアクセスの良さ、遊べる場所や食の楽しみがあること、街に活気があることや豊富な店舗によって喚起されていました(図 1)。
 それに対して、三宮の魅力的でないところとして、不安や落ち着けない、雰囲気が悪いといった価値が抽出されました。これらの価値は治安の悪さや不審者、混雑といった要因によって喚起されていました(図 2)。
 一方、朝来の魅力的なところとして、楽しい、観光している感じがある、リラックス、新鮮さといった価値が抽出されました。これらは朝来の豊かな自然や歴史、景色の独自性や、そこでしかできない体験、といった要因によって喚起されていました(図 3)。
 それに対して朝来の魅力的でないところとして、訪問意欲の低下、再訪意欲の低下、もったいないといった価値が抽出されました。これらは朝来の不便さ、アクセスの悪さ、お店や選択肢の少なさ、観光資源が有効活用されていない、といった要因によって喚起されていました(図 4)。
 本研究では、三宮(都市)と朝来(郊外)という2つの地域が提供する感性価値について明らかにしました。その結果、自然、文化、人の動きといった、都市と郊外で異なる街の特性によって、これら2つの地域が提供する感性価値が、ポジティブ・ネガティブ両面において異なるものになっていることが明らかになりました。
 三宮においては、多種多様な施設や人の多さが街の楽しさをもたらしている一方、人の多さが混雑や不審者を生み出し、それが不安や落ち着けなさにつながっていました。それに対して朝来では、豊かな自然や非日常性といった要素が新鮮さやリラックスにつながっている一方、店舗の少なさやアクセスの悪さによって訪問・再訪意欲の低下がもたらされていることが明らかになりました。特に三宮では「ワクワク」、朝来では「リラックス」という対照的な価値が生じていました。これら2つの感情は、感情を快-不快の感情価の軸と、覚醒-沈静の覚醒度の軸で評価するRussellの感情円環モデル(Russell, 1980)において、感情価の程度は同様に快寄りであるものの、覚醒度の程度はワクワクが高く、リラックスが低いと対照的であり、これら2つのエリアがもたらす価値を対比していると言えます。
 本研究は、訪問者が感じる感性価値からそのエリアの特性を推定することに成功しました。この手法を用いることで、様々な観光地が持つ価値の指標化を行うことが可能です。また将来的には、様々な観光地がもたらす感性価値のそれぞれを訪問者がどの程度求めているかを検討することで、訪問者の感性的なタイプ分類も可能になります。これらを通して、本研究の成果は、地域がアピールしやすい観光客のターゲティングや、観光客が適切な旅行プランを選択することを可能にします。

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